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一期一絵

同僚に言われて初めて気がついたのですが、この窓にないオフィスでkc280036.jpgも植木は成長しているのです。蛍光灯の光だろうがなんだろうが自らのもつバイオリズムの中で着々と生きています。

あまり飾り気のない部屋ですが、この中で多くの出会い繰りひろがれ、自己にとっては生命を味わい尽くすような長いドラマが人々の口から語られていきます。カウンセラーというものは、自分のクライアントの成長を願い、よき方向性のためのプランを描くことが多いのですが、一生その方にお付き合いをするのは稀なことです。
また、いくら一所懸命その方のために考えてもその方の人生を歩むわけではないので、自分のエゴで相手をコントロールすることはできません。

クライアントの前途洋々たる未来をイメージしますが、多くの場合は空想で終わります。
カウンセラーとしても悩むところですが、私はクライアントとの出会いに対して一期一絵を信条をとしています。もしかすると1時間だけの出会いかもしれないけれどその空間でのシェアを大切にしたいと思います。
なんだかまたイメージが進行して、カウンセラーやセラピストは船が立ち寄る港とか、渡り鳥の休息島のような感じがしてきました。

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コメント: 2 個

  1. おお!私たちを渡り鳥の休息島とは、言いえて妙ですね。
    私もマイカさんの感じ方に似ているのですが、人との出会いは一期一絵の出会いとわずかな瞬間の交流であっても、その人の存在とイメージが人の心に影響を与えて、小さな信頼や安心に変わったときに、大げさですが「心の伴走者」となってしまうことがあります。

    ある写真家が書いていました。
    人はどんな時でも伴走者がおり、誰かに支えられているものだと思っています。
    そのことが心のよりどころになって、人は生きてゆけるのではないでしょうか?
    今は、世界の潮流になりつつある排他的な一神教の世界観や、それを源流とする弱肉強食の競争社会の行く末に、どんな未来があるのでしょう。
    伴走者を意識し、多様な思想が共存できるようにすることから、私たちが生き延びてゆくための知恵が、生まれるのだと思っています。

    私は、このような偏らない寛容な「伴走者」の言葉とその存在を意識することが好きです。
    また現実にそのようなことが少しでも出来たら素晴らしいと思います。

    すこしオヤジにしては堅苦しかったね。(笑い)

  2. ちょいわるおやじさん

    堅苦しいなど・・wise mindは心にしみます。いつもありがとうございます。
    多くの方が「伴走者」を見失い、孤独を感じてしまうのは悲しいことです。また、それをきっかけに心の闇に落ちてしまうのも人のどうしようもないクセかもしれません。「伴走者」をいつも感じていることは本当に心豊かなことです。そして、私たちは互いに心豊かにいられるように励ましあっていきたいなあ、と思います。
    多様な思想が共存している心の寛容さ、余裕さ、豊かさがあふれる社会や文化を築いていきたいものです。

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